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【イラク】あの「イスラム国」が破壊⁉ハトラ遺跡の現状

イラク北西部のニーナワー県にある「ハトラ遺跡」は、ペルシアを中心に栄えた古代王朝パルティア(紀元前247~紀元後224年)の代表的な遺跡として知られ、1985年には世界遺産にも登録されています。2019年2月現在、Wikipediaの日本語版には「2015年3月にイスラム過激派ISILに破壊された」と記述されていますが、実際の状況はあまり情報として上がってきていませんでした。そんななか、偶然にもイラクの知人が2018年11月に遺跡見学に行ったことを知り、彼から現状をヒアリングし、画像提供も受けましたので、こちらでシェアさせていただきたく思います。

パルティア時代の最高傑作

ハトラ遺跡(知人A氏撮影)

 

ハトラ遺跡はイラク北西部を代表する古代遺跡で、前述のパルティアの時代に最盛期を迎えました。町には二重の城塞が張り巡らされ、また、その中心にはメソポタミア神話の太陽神シャマシュの神殿を筆頭に、多数の神殿群が築かれました。現在までに残されているパルティアの都市遺跡としては最も保存状態が良く、パルティアの都市設計を今に伝える貴重な遺跡として1985年に世界遺産に登録されました

 

良好な保存状態

ハトラ遺跡全景(知人A氏撮影)

 

過激派組織ダーイシュによる占領期に「破壊」されたという報道もありましたが、知人が撮影した2018年11月時点でのハトラ遺跡の全体像からは、その「破壊」という言葉では考えられないほど良好な保存状態が見て取れます。建物の多くに大きな損傷は見受けられなく、遺跡全体の破壊までは考えていなかったものと考えられます。ただし、細部に目をやると、テロリストの行った卑劣な行為も見つけることができます。

 

破壊された彫刻

破壊された彫刻(知人A氏撮影)

 

遺跡内部の偶像についてはその多くが破壊された痕跡が見られます。残っている彫刻についても、それ残念ながら頭部が欠けているものであり、完全な形で残っているものは一つも確認できなかったとのことでした。ハトラ遺跡は、ヘレニズム文化の影響を受けた美しい彫刻の数々で知られてきました。ダーイシュの侵攻前は、遺跡の各所に美しい彫刻が点在しており、観光客の目を楽しませてきました。

 

復興が進むハトラ遺跡

いち早い復興が待たれる(知人A氏撮影)

 

過激派組織ダーイシュからの解放後、ハトラ遺跡では着々と修復作業が進んでいます。イラクの遺跡観光の目玉といえば何と言っても古代メソポタミア文明の遺跡が有名ですが、ハトラ遺跡や古都クテシフォンなど、イラン系に代表される東方の諸民族が残した遺跡もイラクにとって大切な観光資源となっています。

イラク戦争後、幾度と混乱が続いてきたこの国ですが、それでもなお多くの観光資源は今もきちんと残されています。北東部のクルディスタン地域や南東部のシーア派地域を中心に、治安の回復とともに観光産業の復興が始まっている現在、イラクの恒久的な平和と観光産業のさらなる発展のためにも、北西部の治安の回復が待たれます。

 

 

 

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